あなたは「胸を張る」と背すじが伸びて正しい姿勢になると考えていませんか?
しかし、実際はそうなりません。何故なら胸を張っても背すじは伸びないからです。
「何をおかしな事を言っているんだ」と思われる方も多いでしょう。そのような方こそ、是非この記事を最後までお読みください。もし内容に納得できなくても、新しい姿勢の見方を発見できるでしょう。
誰でも知っている胸を張る姿勢。しかし、それが具体的にどのような姿勢なのか、実はほとんどの方は知りません。ここでは既成概念にとらわれずに、胸をはる姿勢を見ていきましょう。
美しいけれど、健康ではない姿勢
この考え方は、長い時間をかけて「胸を張る姿勢は正しい姿勢」と変化していったのだと私は考えています。
そして現在、誰もが胸を張る姿勢を正しい姿勢だと自然に受け止めているようです。それは日常よく使われる「胸を張って生きる」というような言い回しにも現れています。これは胸を張る姿勢が正しい姿勢である事が前提の言葉だからです。
そして、まさにこの点で胸を張る姿勢は正しい姿勢とは言えません。
実は胸を張る姿勢は、猫背よりからだの負担の強い姿勢だからです。
では何故胸を張る事がからだに負担なのか、それをこれから明らかにしていきましょう。
最初は胸を張る姿勢のかたちについて詳しく見ていきます。そうする事で、その理由の一端が見えて来るからです。
胸を張っても背すじは伸びない
まずは、実際に胸を張る姿勢を図で見ていきます。
上図の左は胸を張っている方の実際の写真、右はそれを模式的に示したものです。
ちなみにこのホームページでは、胸を張ったまま固まった姿勢を胸つき出し姿勢と呼んでいます。そちらについては以下の記事を参考にしてください。
ちなみに便宜上、ここでは胸つき出し姿勢の図版を胸を張った状態として扱っています。
上は先ほどの図に、わかりやすいように背中の形にそって赤線を引いた図です。
上図から単純に明らかになるのは、胸を張る姿勢の背中は真っすぐではない、という事実です。真っすぐなのは首から肩だけで※1、肩から胸にかけては大きく内側に傾いています。
次に実際の背すじの伸びた姿勢と比較してみましょう。
それは自分で実際に胸を張ってみればわかります。意識的に大きく胸を張ってみて下さい。背中中央が強く緊張して、斜め上に胸が突き上がる事がわかるはずです。模式図で示すと下のような動きになります。
胸を張る姿勢が美く見える三つの理由
胸を張った姿勢は背すじの伸びた姿勢でない事はご理解いただけたと思います。しかし、それでも胸を張った姿勢が美しく見えるのは事実です。では、なぜ美しく見えるのでしょうか。
美醜の問題は専門外ですが、客観的な観点から胸を張った姿勢の美しさを分析すると、三つのポイントが見えてきます。
すっきりとした肩回り
胸を張ると首は直立した状態になり、肩と頭との距離が開きます。頭周囲の空間が広がる事で、肩回りがすっきりとした印象を与えます。
又、なで肩・巻き肩(肩が前に出て見える)の傾向がある場合、それが改善されたかのように見えるようになります。
メリハリのあるプロポーション
胸を張ると胸が持ち上がる為、胸・腰・骨盤の境界線がはっきりするようになります。その為、全体にメリハリのあるプロポーションになります。
足が伸びて見える
胸を張ると下半身はやや前方に傾いた状態になり、膝が過伸展されます。その為、足が全体に真っすぐに伸びたような印象を与えます。
以上三点が胸を張ると美しくなる理由だと思われます。
このように見ていくと、胸を張ると良いことばかりのように思えてきますが、この三点がそのまま胸を張る姿勢の問題点につながっているのです。
胸を張る姿勢の問題点
さて次はいよいよ胸を張る姿勢の問題点をみていきましよう。胸を張る事の問題は、「からだに悪い」という事につきます。
一つ一つ見ていきましょう。
真っすぐな首は頭痛・肩こりの原因
胸を張ると、首は直立状態になります。見た目には問題なく思えますが、実は真っすぐ過ぎるのもからだに負担なのです。
このようなまっすぐの首をストーレートネック(上図右)といいいます。ストレーットネックは首の筋肉が強く緊張した状態で、頭痛やコリに悩まされる原因になります。
下図はストレートネックと肩こりの関係を示したグラフです (※私の治療室における統計データ。無作為に抽出した300人の姿勢写真から分析)。
縦軸は、肩こりの人の割合。横軸はストレートネックの程度を示していて、グラフの右にいくほど首がまっすぐである事を示しています。
グラフを見てみると、左端では半数程度だった肩こりの割合が、首がまっすぐになるにつれ増加して、最終的には9割ほどの人が肩こりを訴えるようになる事がわかります。
このように、少なくとも肩・首の症状とストレートネックが関係しているのは間違いないでしょう。
メリハリのあるプロポーションは腰痛・背部痛・息苦しさの原因
胸を張ると、全身が反り返った状態になり、メリハリのあるプロポーションになりますが、それもやはり体には大きな負担です。
上図は、からだが反り返ると全身の筋肉がどう働くのかを示した図です。
左の正しい姿勢は反り返りがわずかである為、お腹と背中側の筋肉はバランスよく働いています。一方、右の胸を張った姿勢は、強く反り返る事でからだは弓なりになり、背中は上下に短くなっています。
筋肉は短くなると収縮して緊張してきます。つまり、背中全体が疲れやすくなり、その結果、背部痛や腰痛になってしまうのです。
胸を張った姿勢は、言い換えれば軍隊式の直立不動の姿勢と同じです。ある研究では、軍隊式直立姿勢になると、下半身の筋肉の負担が増大し、体全体のエネルギー消費量は20%アップするという結果が出ています。つまり、疲れやすくなるのも問題の一つです。
又、胸を張ると胸側の肋骨のスキマが狭くなり、息苦しさを感じるようになります。
これは、胸が上に持ち上がる事で肋骨の前部が上下に押しつぶされてしまうからです。又、その為に胸側に詰まり感を感じるようにもなり、肋骨の可動性も低下して呼吸も浅くなります。(上図参照)。
真っすぐな膝は、冷え・むくみの原因
胸を張ると膝は過伸展状態になり、足は真っすぐに見えるようになりますが、これは冷えやむくみの原因にもなっています。
上のグラフは、からだの反り返りの程度と下半身の冷え・むくみの症状との関係を示したグラフです。
胸を張ると足が真っすぐに見える理由は、からだが反り返る事で下半身が前にずれるからです。ですから「からだの反り返りの程度」は 「 足が真っすぐに見える程度」と考えて差し支えありません。
グラフの右にいくほどからだが反り返っている事を示します。つまり、より足が真っすぐに見えている状態です。
グラフ左端では、冷え・むくみを訴えている人は2割以下です右端になると7割近くの人が冷え・むくみを訴えている事がわかります。
つまり、足が真っすぐになるに比例して、下半身に冷えやむくみを感じるようになるのです。
このように症状が引き起こされるのは、からだが前傾すると、下半身の筋肉の負担が増大するからです。下図を見てください。
図は、からだの前傾による筋肉の働きの変化を示しています。
上図から、前傾するほど腹部の筋力が弱まり、それを補填する為に下半身の筋肉の負担が増大する事がわかります。
下半身の筋肉の緊張は、その内部にある血管を締め付けて循環を滞らせ、ひえやむくみの症状をひきおこす原因となるのです。
以上、胸を張る姿勢と関係する代表的な症状を解説しました。紹介した以外にも様々な症状と関係があり、それらをまとめると、以下のようになります。
- 頭痛・肩こり・手のしびれ・冷え
- 腰痛・背部痛・ふとももの張り・膝の痛み
- 下半身の冷え・むくみ・しびれ・慢性疲労・消化器系機能低下
- 息苦しさ・胸のつまり感
- からだの緊張がとれない。
このように胸を張る姿勢は美しく見えるメリットがある一方、多くの健康上の問題を抱えています。しかも、その美しく見える理由がそのまま健康を害する原因につながっているのです。
胸を張る姿勢との付き合い方
さて、ここまで胸を張る姿勢についての解説が終わりました。まとめると以下のようになります。
- 胸を張っても背すじは伸びない。
- 背すじは伸びないが美しく見えるは事実。
- 美しく見える理由はそのまま体の負担に繋がっている。
以上のような問題点のある事を考えると、胸を張るのはすぐにもやめた方が良い、と言わざる得ません。
しかも、胸を張った姿勢を日々日常的に続けていると、いずれその形のまま背中は固まって「胸つき出し姿勢」になってしまいます。そして、一度そうなってしまえばもう簡単には元に戻りません。ですから、クセになる前に胸を張る事をやめる必要があるのです。
しかし、それは簡単な事ではありません。なぜなら、すでに胸を張る事は我々の生活に深く入り込んでいて、切り離せないものになっているからです。
その為、我々は胸を張る姿勢とうまく付き合っていく必要があります。ではどのように付き合っていけば良いのでしょうか。
日常生活において胸を張るのは、からだを美しく見せたい為である事は間違いないでしょう。
しかし、もし胸を張る姿勢以外にも美しい姿勢があり、さらに健康でもある姿勢があるとしたらどうでしょうか。
実際そのような姿勢があるのです。下の図をご覧下さい。
2つの姿勢を並べて見ると、美しさの種類が異なる事がわかります。胸を張った姿勢はメリハリのある美しさ、一方、背すじの伸びた姿勢は静的な美しさです。
それぞれ一言で表現すれば「強調」と「自然」です。これら2つの姿勢は美しさの質が異なるため、日々の生活の中で無意識に使い分けられています。
使い分ける主な条件は服装です。洋服(洋装)に似合うのが胸を張る姿勢。そして、和服に似合うのが背すじの伸びた姿勢です。
この事実を簡潔に表しているのが、マネキンです。マネキンは着せられた服種が一番引き立つように作られているからです。
胸を張った姿勢の美しさの根本は、からだを強調する事です。 からだの強調は、ダンスなどの芸術の世界では当たり前に行われている事です。
例えば、フラダンスやベリーダンスなどでは、腰から臀部にかけての動きを強調する為、独特の姿勢をとります。
しかし、強調された部位には、その分ストレスがかかる事は誰でも想像できるでしょう。一方、「背すじの伸びた姿勢」はからだに対して自然な状態ですから、ストレスは最小です。
我々の生活は、現在ほぼ洋式化しています。日常着ている服装はほとんど洋服ですから、美しく見せるには胸を張る必要があります。ですから、胸を張るのを完全にやめるというのは非現実的です。
例えば、おしゃれをしておでかけする時などは胸を張るようにします。しかし、自宅に帰ってのんびりする時は、胸を張らないよう意識的に過ごすのです。
このように姿勢を使い分ける事が出来れば、胸つき出し姿勢になる事もなく健康に過ごすことができるでしょう。
そして、もし可能であれば、もう一つの美しい姿勢である「背すじの伸びた姿勢」について詳しく知り、それも適時使いこなせれば、なお良いのではないでしょうか。
そして、それこそこのホームページを作った目的の一つでもあります。是非、「背すじの伸びた姿勢」について詳しく知っていただいて、さらに興味をもったならば姿勢矯正にもチャレンジしてみて下さい。
まとめ
最後にポイントをまとめます。
- 胸を張る姿勢は美しいけれども、正しい姿勢ではない。
- 胸を張っても背すじは伸びない。
- 胸を張り続けると、様々な健康問題がおきる。
- 必要のない時は胸を張らないよう心がけよう。
ここから以下は補足になります。興味のある方はお読みください。
補足:なぜ胸を張る姿勢は正しい姿勢になったのか
ここまで胸を張る姿勢の問題点についてみてきました。このような問題は、胸を張る姿勢を少し客観的に見る事ができれば、誰でも気づく程度のものです。
しかし今現在においても、ほとんどの方は姿勢を正す事を胸を張る事だと考えています。なぜ、このような間違った考え方が世間の常識となっているのでしょうか。
その正確な原因はわかりませんが、私の考える仮説は以下です。
沢山の方のお話を聞いてみると、少なくとも戦後生まれ以降は「胸を張ると背すじは伸びる」と考えている方がほとんどでした。では、ずっと前から日本でも胸を張った姿勢は正しい姿勢だと思われていたのでしょうか。私はそうではないと考えています。
何故なら、昭和以前の古い日本人の写真や肖像画を見ると、胸を張っていると思われる人物像はほぼいないからです。これは日本の和服の文化が影響していると私は考えています。和服は本来の「背すじの伸びた姿勢」で一番美しく見えるように作られているからです。つまり、和服が日常であった戦前においては、まだ胸を張る姿勢は正しい姿勢ではなかったのです。
しかし、戦後にかけて洋装(洋服)の文化が日本に少しずつ定着していきます。洋装は和装と異なり、胸を張る姿勢が一番見栄えするように作られています。
このような状況下で「胸を張る姿勢は(洋装の栄える)美しい姿勢」という考え方が広がっていったのではないでしょうか。そしてさらに長い期間を経て、いつのまにか「胸を張る姿勢は正しい姿勢」という考え方が認知されるようになったのではないか、と私は考えています※2。
しかし、ここでおかしな問題が生じます。新しい認識が広がる一方、「背すじの伸びた姿勢」も正しい姿勢として認識され続けていたからです。つまり、このままでは正しい姿勢が2つある事になります。
そこで、無意識にこれら二つの認識が混ぜ合わさり、胸を張る姿勢は「背すじの伸びた」「正しい姿勢」となったのではないでしょうか。
以上が私の考える仮説です。
注釈
※1 背すじの伸びた姿勢といっても、本当に背中が真っすぐなわけではありません。人の背中は、生まれつき全体が”S”の字にわん曲しています。これを「生理的わん曲」といいいます。ここでは、胸を張る姿勢に対比させる為、”真っすぐ”という言葉をあえて使っています。
※2 先に「胸を張る=美」という概念は、200年以上前からあったと解説しましたが、日本においては、せいぜい50〜60年ぐらい前、わりと最近普及した概念である可能性が高いと考えています。理由として、昭和初期ぐらいまでの古い日本人の写真を見ると、あまり胸を張った人は見受けられないからというのが一つ。洋装が広く普及したのがその頃からだと考えられるのがもう一つです。以下はウィキペディアより引用です。
第二次世界大戦が終わった1945年以降の女性達は、空襲がなくなったので、所持していたが着られなかった和服を着るようになった。‥(中略)‥しかし、和服が高価であり着付けが煩わしいことなどが原因となってか、安価で実用的な洋服の流行には敵わず、徐々に和服を普段着とする人の割合は少なくなっていった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/
このように、第二次大戦後1945年以降ぐらいから洋装が日常化して和装をする人が減ってきたようです。よって1950年代くらいから「胸を張る」という概念が日本に浸透してきたと思われます。又、日本が西洋式軍隊を取り入れたのも一因かもしれません。西洋式軍隊の立ち姿勢は、まさに「胸をはる」姿勢だからです。