はい、質問のお手紙が届いています。
はいはい。
腹式呼吸は健康に良いと本で読みました。そこで自分でもやってみようとしたのですが、お腹で呼吸しようとすると同時に肩にも力が入ってしまい、逆に呼吸しずらく感じてしまいます。姿勢が悪いとも普段から言われていますので、それも何か関係しているのでしょうか。
姿勢と呼吸の関係についての質問ですね。
姿勢は呼吸と深く関連しています。実際、悪い姿勢になると呼吸機能が低下するのです。
心臓の鼓動などと同様に、呼吸は生きる為に必須の自律運動です。自律運動とは意識するしないにかかわらず行われる運動の事で、心臓の鼓動や腸の蠕動(ぜんどう)運動などが代表的な例です。
又、呼吸には他の自律運動にない特別な特徴もあります。それは意識的にもコントロールできるという特徴です。例えば意識して心臓を早く鼓動させる事は難しいですが、呼吸は簡単にそれができるというわけです。
この「コントロールできる自立運動」の特徴をいかして様々な「呼吸法」が生み出され、スポーツやメンタルヘルスなどにも広く応用されています。
そしてそのような「呼吸法」の中で、「腹式呼吸」はもっとも知られている呼吸法です。
簡単だと思われがちな腹式呼吸ですが、正しく行うには条件があります。それは「正しい姿勢であること」です。
なぜなら悪い姿勢になると、腹式呼吸はもちろん呼吸そのものがうまくできなくなるからです。
実際、姿勢矯正をする重要なメリットの一つは、安定した呼吸ができるようになる事だと私は考えてます。
そこでここでは、姿勢と呼吸との関係について解説していきたいと思います。
腹式呼吸をしてもお腹に空気は入らない。
姿勢と呼吸との関係を解説する前に、腹式呼吸という言葉について少し解説しておきます。一般的に腹式呼吸は「おなかを膨らむよう意識して呼吸をする方法」として知られていますが、言葉の意味を少し誤解されている方がたまにいらっしゃるからです。
呼吸は胸の中にある臓器「肺」が機能する事で行われています。ですから空気は肺に入るのであってお腹に入るわけではありません。つまり腹式呼吸とは、お腹を膨らましたりへこませたりする事で腹圧を調整して、効率的に肺を収縮・弛緩させる方法なのです。
しかし、「腹式」という言葉と「お腹が膨らむ」という現象に引きずられて、お腹に空気が入っていると勘違いしている方がたまにいらっしゃいますので、ここで今一度「呼吸は肺(胸)でするもの」という認識を新たにしておきましょう。
悪い姿勢になると腹圧を調整できなくなる
腹式呼吸とはお腹の圧力、つまり腹圧をコントロールする事で呼吸を促す方法です。腹圧の調整には主に腹筋を用います。腹筋を緊張させると腹圧が高まり肺の空気を押し出します。逆に腹筋を弛緩させると腹圧が下がり肺が膨らみやすくなります。
悪い姿勢になると腹式呼吸ができなくなるのは、この腹筋による腹圧の調整ができなくなるからです。
そうなる仕組みを解説しましょう。悪い姿勢には共通の変形があります。それが「全身の反り返り変形」です。
上図は全身の反り返り変形を示した模式図です。左は正しい姿勢、右は猫背姿勢を模式的に示しています。
図中の全身の形状を示す赤線を見ると、左の正しい姿勢がほぼ直線である事に対して、右の猫背姿勢は全身が弓なりになっている事がわかると思います。この全身の反り返り変形は猫背だけではなく全ての悪い姿勢に見られる共通の変形です。
このように全身が反り返ると、腹筋と背筋の筋力のバランスは大きく崩れてしまいます。
上図は、全身の反り返りにより腹筋の働きがどのように変化するのかを示した模式図です。左の正しい姿勢である場合、腹筋と背筋はバランスよく働いています。しかし右図のように猫背になり全身が反り返ると、お腹は上下に伸ばされる事で筋力が弱まってしまいます。
そしてこの腹筋の弱まりが、腹圧のコントロールを困難にするのです。
上図は腹筋の弛緩がどのように呼吸に影響を及ぼすかを示した図です。
図左の正しい姿勢を見ると、腹筋の収縮により腹圧が上昇して、それが横隔膜を押し出し呼吸を補助している事がわかります。
一方、右の悪い姿勢は、腹筋は弛緩した状態で腹圧を高める事ができません。その為、肺から空気を押し出す力を補えないのです。
このように悪い姿勢になると腹圧により呼吸を補助できなくなります。しかし呼吸は生命に必須の運動です。何かしら別の力で呼吸を補助しなければいけません。
そこで悪い姿勢の方は、呼吸を補助する為に肩の筋肉を用いるようになります。
肩の筋肉を収縮させると肋骨を持ち上げて呼吸を補助するができます。腹圧の調整に比べれば弱い力ですが、しかしそれでもないよりはましです。
又、これは姿勢を見分ける方法にもなります。つまり、深呼吸をした時に肩から胸が大きく上下する場合は、悪い姿勢である可能性が高いのです。
呼吸機能を低下させるもう一つの変形、胸を張る姿勢の変形
ここまで「全身の反り返り変形」が呼吸機能を低下させる仕組みを解説しましたが、実はもう一つ大きな原因となる変形があります。
それが「胸を張る」姿勢の変形です。
上図左は、胸を張った状態で固まった姿勢、「胸つき出し姿勢」の模式図です。図中のからだの形を示す赤線を見ると、右の正しい姿勢と比べて胸の部分が大きく上に突きあがっていている事がわかります。
背中が丸まって見えない為に悪い姿勢だと認識されない場合も多いのですが、実際はからだに様々な問題を引き起こす姿勢です。詳しくは以下の記事を参考にしてください。
胸つき出し姿勢も全身が反り返っていますから、腹圧の調整できないのは猫背と同様です。しかし、呼吸機能が低下する原因は他にもあります。
胸を張ると呼吸機能が低下する一番の原因、それは胸側の肋骨のスキマが狭くなる事です。
上図は、胸を張る事による肋骨の位置変化を示した模式図です。
左の正しい姿勢を見ると、肋骨の間に適度な隙間がある事がわかります。このような状態であれば肋骨により呼吸運動が妨げられる事はありません。
しかし右の胸を張った姿勢を見ると、肋骨が上下に圧縮されて隙間が狭くなっている事がわかります。これでは息を吸っても肺を十分拡張する事ができません。
つまり胸つき出し姿勢になると、腹圧を調整できないだけでなく、呼吸運動そのものも妨げられてしまうのです。その為、息苦しさをも感じるようになる場合もよくあります。
まとめ
以上、悪い姿勢と呼吸との関係を解説しました。
胸を張ると呼吸が浅くなるのは意外だ。そう言えばラジオ体操の深呼吸のポーズって胸を張る姿勢に似てたと思うけど、あれはどうなの?
呼気と吸気の動きが逆であるほうが理屈の上では正しいのですね。つまり「息を吸う時=両手を下げる」で「息を吐く時=両手を上げる(胸を張る)」の方が合理的です。
それはやりずらいでしょう。
あくまで理屈ですからね。でもラジオ体操の深呼吸がうまくできないと感じている人は一度試してみるとよいですよ。
最後にポイントをまとめます。
- 悪い姿勢になると必ず全身が反り返るよう変形する。
- 全身が反り返ると腹筋は働かなくなる。
- 腹筋がコントロールできないと腹圧を調整できない為に腹式呼吸ができない。
- 悪い姿勢になると肩で呼吸するようになる。
- 胸つき出し姿勢になると肋骨の隙間が狭くなる。結果、さらに呼吸が浅くなり息苦しくなる場合もある。